第13回 丸川知雄
中国自動車物語
1.道路の風景①
前回、カルチャーショックの話が出ました。デリー空港に降り立った時もなかなか驚きました。まず入国審査で並んでいたら、何人か前の人がてんかんの発作を起こして倒れてしまいました。
空港を出てタクシーに乗ったら、スーツケースは屋根の上に何も縛らないで載せました。国産車のアンバサダーです。速度メーターが動きません。空港から街への道路と言えば、その国の表玄関だと思うのですが、電柱も木も何もない荒涼たる大地をおんぼろ車で走っていきます。「この国は開き直っている」と思いました。
1992年までの北京はこれより少しましでしたが、空港から市内の道路は片側一車線。道路の両側だけ頼りない街路樹が続く道でした。92年ぐらいになると、空港もだんだん忙しくなり、空港道で渋滞してしまうこともありました。
1992年、空港への高速道路が突貫工事で開通。突然片側4車線の道路が出現しました。
それからの10年間に中国の高速道路網は急速に出来上がりました。高速道路の総延長は1992年の700㎞から2003年には2万9700㎞に伸びました。もう総延長は日本(6900㎞)を遙かに抜きました。
2.道路の風景②
ところが、高速道路の上で展開されている状況は日本と中国でだいぶ違います。
日本の高速道路では走っている車の速度にそんなに違いを感じません。だいたい100-120㎞/hぐらいでしょうか。130㎞/hで走っているとかなり飛ばしている感じがします。
フランスの高速道路ではルノーの車で130㎞で走っていると、その横をベンツ、BMW、VWなどがものすごいスピードで追い抜いていきます。
中国の高速道路では3種類のスピードで走っています。まず180㎞ぐらいの猛スピードの車。高官を乗せた黒塗りのベンツやホンダアコードなどです。次が110㎞ぐらいで走るVWサンタナなど。私が乗るのもそんな車です。そうやって走っているとまるで止まっているように見えるトラックがあります。時速50㎞ぐらいでしょうか。過積載の疑い濃厚でノロノロ走っています。最近ではさすがになかなか見なくなりましたが、高速道路を自転車が走っていたり、トラクターが走っていたり、ということはかつてはありました。
三種のスピードの車が走り、車線変更の合図なんかもちゃんと出しませんから、すごく危ない感じです。交通事故死は年に10万人、日本は1万人を切るぐらいです。
日本には約7000万台の車があります。中国は2388万台です。自動車1台あたりの交通事故死者数を計算すると、日本の39倍危険な乗り物ということになります。
3.色々な車がある理由
3種類のスピードで車が走っているのはなぜか?
高速道路を管理する会社が、金儲けのために遅い車も入れているとかいう説明の仕方もありますが、そもそも中国でいろんな車がある理由は、自動車産業の多様性に由来しています。
前回の話にもあったように、中国では地方ごとに自動車工場があります。その土地に行かなければなかなか見ることのできない地車が走っています。
そうなった理由:
ソ連に学んだが、60年から独自路線。特に70年頃から地方分権。技術が無償移転された。いま中国はコピー商品天国と言われているが、この頃は別に違法ではなく、技術を提供する側も喜んでやっていた。地方ごとに自動車工場が誕生した。
中央政府の作った比較的大きなメーカーと、地方政府の作った小さいメーカーとが併存する仕組みになった。
1970年代末から中国は改革開放政策を始める。
外国に目を向けてわかったことは、中国ではちゃんとした乗用車が作れないことだった。
中国独自で作っていたのは「紅旗」と「上海」。
トラックの生産と乗用車の生産とでは格段に難しさが違う。
単に工場設備を買ってきて、技術指導を受けるだけでは作れない。そのことは中村先生の回でも触れた。
1978年頃の中国でもっとも歴史ある自動車メーカーでの生産はこうだった。
毎年、生産目標台数が与えられる。ところが、年の前半は部品が揃わなくてヒマ。年末になると、目標達成のために休日返上でずっと作り続ける。
そこで1985年頃から外国の自動車メーカーと合弁で自動車を作ってもらうようになった。
それから20年経ちました。今や世界の主要自動車メーカーがみんな中国に進出して車を作っている。ベンツ、BMWまで。
トヨタは来年ぐらいからハイブリッド車を作る予定です。最先端の車も作られるようになりました。一方で、最初に合弁を始めたVWが導入した最初の車サンタナもいまだに作られ続けています。もとは1978年頃にブラジル向けに開発されたサンタナ。開発から27年も作られている。
一方で、地車もまだ死に絶えていません。地車の間でもだいぶ競争が進み、競争力のある地車が残っている。
先端的な高級車から、25年以上前の乗用車、そして地車が作られ続ける。
それは中国の需要の多様性を反映している。
4.需要の多様性
私が北京に住んでいた頃の交通機関の値段。
バス0.1元。地下鉄0.5元。タクシー初乗り12元。面的というのもありました。初乗り10元。
自転車も有力な交通手段だった。自転車の値段は250元ぐらいから。バスに2500回乗れますね。自転車のメンテナンス費用、駐輪費用を考えるとバスの方が安かったかもしれません。北京には無断駐輪というのはありませんでした。なぜか?
日本だと、自転車の値段はバス50回分ぐらい。
バスの方がかえって体力が必要。時間が読めない。
高官は運転手付き専用車。
5.私の研究していること
私は中国の自動車産業のなかで、自動車部品がどのように取り引きされているかについて調べています。
自動車は数多くの部品から成り立っており、自動車メーカーは多くの取引先から部品を買って組み立てている。
自動車の部品は、メーカーごと、車種ごとに微妙に異なっている。こういうことをカスタマイズされていると呼ぶ。カスタマイズされた部品を使うので、自動車メーカーと部品メーカーの関係は固定的なものになります。今日はこちら、明日はあちらと取り替えるわけにはいきません。日本の自動車メーカーの場合、トヨタはトヨタ系と呼ばれる部品メーカーから多くの部品を買います。
欧米ではもっとオープンに取り引きされているようですが、それでもある程度系列関係がある。
中国メーカーの取り引きの特徴は複社発注である。2-3社を競わせて部品を安く買う。
この慣行はなんと1960年代に始まっている。
欧米メーカーも複社発注を行っている。